【新連載エッセイ】
「子どもの絵をみる側のあり方とは?」が、スタートしました。
noteにて、全3回(予定)の連載エッセイが始まりました。
かつてある完璧な教育現場でお手伝いをした際、「床をピンクで塗った子どもの絵」が園の恥としてすべて描き直されてしまった、苦い経験があります。
「指導者が良ければ上手く描ける」という完璧さの裏側にあった、大人の都合やエゴ。
専門家としてではなく、現場で悩み、傷つきながらも「子どもの絵の本質とは何か」を探求し続けてきた一人の当事者としての視点から綴ります。
「指導者が良ければ上手く描ける」という完璧さの裏側にあった、大人の都合やエゴ。
専門家としてではなく、現場で悩み、傷つきながらも「子どもの絵の本質とは何か」を探求し続けてきた一人の当事者としての視点から綴ります。
これらは、どこか昭和の大人たちの体質が共通しているように思います。人や子どもをもののように扱う悲しい体質です。これは、世相が作り上げたものだったのかもしれません。絵の教育や、幼児教育に限らず、忘れがちな小さな心を見つめる話として、お読みいただければ幸いでございます。
【各話のラインナップ】
- 第1話:【連載①】「子どもの絵の本質とは?」私の探究が始まった、ある幼稚園での苦い記憶 (公開中)
- 第2話:【連載②】大人の競争に利用される子どもの絵と、奪われる自由 (近日公開)
- 第3話:【連載③】教育現場で見た大人のエゴ。本当の「指導」とは何か (近日公開)
https://note.com/miyabi1188/m/m4516f209e4fc





