違和感からの出発大人の見栄か、子どもの純粋さか
引き継いだ絵画教室は、わずか5名からの、知識も自信もない中でのスタートでした。
手探りで子どもの絵の指導という特殊な分野に踏み込んでいく中で、私はある決定的な違和感と出会うことになります。
手探りで子どもの絵の指導という特殊な分野に踏み込んでいく中で、私はある決定的な違和感と出会うことになります。
とある教育現場で目にしたのは、「大人が望むような、綺麗で整った絵」を子どもに描かせる光景でした。
「めちゃくちゃにするから」と絵の具の自由な調合を禁止され、作品展では子どもたちが自由に塗った色が、大人の都合で後から塗り直されて展示されている。そんな現実を目の当たりにしたのです。
「大人の都合や見栄のために、子どもの純粋な感性が犠牲にされているのではないか」
胸が締め付けられるようなショックを受けると同時に、激しい違和感と疑問が湧き上がりました。
自分の目と心で、目の前の子どもたちの心に寄り添う
学校に馴染めず、ただじっと耐えるしかなかった幼少期の自分の姿が、自由を奪われた子どもたちの姿と重なったのかもしれません。
私はこの違和感の正体を探るべく、本当の「子どもの発達と絵」の関係を知るために、自ら貪欲に勉強を始めました。
誰かの意見を鵜呑みにするのではなく、目の前の子どもたちの心に寄り添い、何が本当に正しいのかを「自分の目と心で判断できるようになろう」と決意したのです。
私の想いに応えるように、気づけば生徒は20人に増えていました。

