第4章(後編)

子どもたちへの情熱
我が子という枠を超えた、私の「使命
私自身は子どもに恵まれませんでしたが、それに対する後悔は全くありません。
なぜなら、私の人生には「別の使命」があったのだと、後になって心から分かったからです。
私には、我が子という枠を超えて、もっと多くの子どもたちに関わりたいという強い願いがありました。
ある時、児童養護施設の子どもたちの存在を知り、「どうしてもあの子たちの元へ行って、心を通わせたい」という衝動を抑えきれなくなったのです。
自ら施設へ頼み込み、ボランティアとして絵の教室を開かせてもらうことになりました。

子どもたちは私を本当に温かく歓迎してくれ、その純粋な姿に、私は何度も何度も深く感動させられました。
こうして、絵画教室の仕事と並行し、私のライフワークとして「ボランティア絵画教室」が加わっていったのです。

父の死と、ボランティアという「心の救い」
そんな精力的な活動の最中、最愛の父が他界しました。
深い悲しみの中にいましたが、絵画教室や施設の子どもたちと関わる時間は、父の死という重い現実から一時的に離れられる、私にとっての大切な癒やしの日常となっていきました。
一時期、体調などを考慮して施設のボランティア活動を休んでいた時期もありましたが、どうしてもあの子たちと過ごしたなんでもない日常がが無性に懐かしくなり、少しずつ時間を切り詰めて再開しました。
寄り添い続ける中で、やがて数人の子どもたちと個別に関わるようになっていったのです。