青色のとき

「青色のとき」

これは、日が暮れる前の町がブルーに染まる、ほんの少しの時間。
西の空はまだ明るく、山の向こうに太陽が沈み、東からはインディゴの暗闇が迫ってくる。ちょうど明と暗が交差するような瞬間に出くわすことがある。
家々の屋根はいろんな色だったはずなのに、その時はすべてが青色に染まる。壁の白とのコントラストによって、青い影のグラデーションがくっきりと見える。
それは毎日出会えるとは限らない。だからこそ、出会えたことは幸運だった。
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この色を描きたい、と思った。
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この青い時間を初めて見たのは、20年ほど前。鞆の浦で古い古民家を撮影していたときだった。
中から漏れる明かりが優しく輝き、とても情緒的で美しかった。昼間に見せる表情とはまるで違っていた。日が暮れ始めた古い街並みは、コバルトブルーに染まっていた。その色彩の演出が、格子戸の中の明かりをいっそう美しく引き立てていた。ゴッホの『夜のカフェテラス』の絵の、日本版のようだった。
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そのブルーを描こうと試みた、かつての絵の記憶がよみがえった。
(2009年「青色の時」桜やF120油彩)

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そして、さらにもう一つの絵(記憶)を思い出した。
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かつて暮らしていた家は、細い坂道の途中にあった。
当時、中学校へ勤めていた私は、夜に学習会で仕事に出ることも多かった。ある日、ふと見上げた遠くの空が、見事なイエローに染まっていた。黄昏色。
「空がこんな色になるのか」と、20代前半の私は心から感動し、その印象的な光景を今でも鮮明に覚えている。
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当時の私の心情を映し出しているかのようで、「こんな日があった」と未来の私に伝えるために、忘れないよう記憶に深く留めたのかもしれない。
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いくつかの思い出の絵とともに、この絵の構図が見えてきた。
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黄昏色の空の色は、暗闇の中で輝く道の色だ。
これは、絵の中では家や外灯の明かりで照らされていることになっているけれど、私にとっては道自体が明るく、進むべき「みち」を示しているのだ。
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この縦長の絵の構図は、その昔暮らした家から、いつも自転車で坂を下った思い出から生まれた。
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家々の団欒からは、楽しそうな声が聞こえてくるようだ。
私は明かりが好きだ。
子どもたちがお父さんやお母さん、おじいちゃん、おばあちゃんと食卓を囲んで、1日の出来事を話したりする幸せな時間。
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父がいて、母がいて、歳の離れた弟と妹がいた、昔のことを思い出す。
家族というものは、時が経つと形を変えてゆく。望むと望まざるとにかかわらず。
家族のすべてをいつも愛せるとも限らない。
しかし、家族の記憶、大切にされた肌感は私の身体に染み込み、それが私を作っている。
愛おしさと共に。
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私はやはり、灯りの向こうには幸せな家族を想像してしまう。
幼い子どもたちが、楽しそうに無邪気に笑っている顔を想像する。
そうであってほしいと願う。
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ノスタルジックな風景をいくつも宿した、一枚の青い町の絵だ。
ABOUT US
miyabi
ご覧いただきありがとうございます。 画家。長年、学校現場や絵画教室の講師として、多くの子どもたちの成長を見守り、現在は引退。私自身も学校に馴染めなかった幼少期の経験から、教室の片隅でじっと自分の心と向き合っている、少し不器用で深い思考を持つ子どもたちの心に寄り添い続けてきました。現在は自身の作品制作に励む傍ら、これまでの歩みや教え子たちの物語をnoteにて連載中。子育てや進路に迷う親御さんへ、小さな安心とヒントをお届けしています。